そんな疑問にお答えします。
パテックフィリップアクアノートの年間生産本数は、1,000本程度です。
20日/月稼働と仮定すると、1日の生産本数は約4本となります。
私は、パテックフィリップアクアノートの1日の生産数を知った時「少ない」と思いました。
しかし、そんな思いはパテックフィリップアクアノートの生産工程を知るまでのことでした。
この記事では、パテックフィリップアクアノートの生産に関わることを紹介しています。
この記事を読み終えるころには、パテックフィリップアクアノートの年間生産本数が少ない理由が分かると共に、時計職人のこだわりも感じ取れると思います。
まだまだ夜の時間が長くなり、読みものするには良い時期です。
時間を気にせず、ゆっくり読み進めて下さい。
目次
年間生産本数が少ない理由は、高級志向のせい?
パテックフィリップアクアノートの年間生産本数が少ないのは、スイス時計の歴史が大きく関わってきます。
どのように関わっているのでしょうか。
早速、スイス時計の歴史を覗(のぞ)いてみましょう。
スイス時計の始まりは17世紀
時は17世紀後半。
フランスの絶対王政を出現させたルイ14世は、カトリック体制を強化するためナントの王令を廃止することを、決定するところから物語は始まります。
ナントの王令とは
1598年4月にフランス西部の都市ナントで、アンリ4世によって公布された王令です。
フランス宗教戦争時代の2つの精神・理論・伝統であるカトリックとプロテスタントとの信仰を合法的に認め、国内の平和回復を求めたものです。
ナントの王令の廃止は、フランスのカルヴァン派(新教徒)とっては、重大な問題です。
今まで確保されていた権利がなくなり、迫害の危機にさらされます。
その結果、大量の新教徒がイギリスやドイツなどヨーロッパ各地に避難します。
スイスも避難地の1つでした。
スイスのジュネーブは、カルバンの宗教改革の拠点でしたので、新教徒たちの憧れの地でもありました。
ジュネーブは、もともと宝石細工の町です。
ジュネーブに来た新教徒の中には、時計つくりの職人が大勢いました。
新たな産業つくりの為に、フランスから持ち込んだ時計つくりの技術と、もともとジュネーブにあった宝石細工技術がコラボして、宝石時計が生み出されます。
これが、スイス時計の原点です。
スイス人に向いている時計作り
ジュネーブで始まった時計作り。
しかし、ジュネーブで時計つくりをするには問題がありました。
それは、ギルドの特権という制約があり、その制約のせいで大量に生産することが出来ない事です。
そこで貿易商たちは、ジュネーブから地理的に近いジュラ地方の中で、時計作りができる人を探し始めます。
これといった産業のないジュラ地方の人々にとって、時計つくりのような長い冬の間に自宅でできる仕事は大歓迎でした。
またジュネーブと違い、余暇を利用して時計を作ることにたいして、邪魔をする人は誰一人としていません。
仕事はきちんとこなす完璧主義的なスイス人の気質。
そして、手先が器用な人が多く、時計作りはスイス人にとってピッタリな仕事です。
また、空気が澄んでいて、アルプスの雪解け水のおかげで綺麗な洗浄水に恵まれていました。
その後、作業工程の分業化が進み、時計製造はジュラ地方の主力産業として発展します。
19世紀には時計製造の先進国、イギリスを追いつき追い越し、ついにはスイスは世界一の時計製造・販売国となるのです。
クオーツ式時計の襲来、そして高級化へ
こうして順調な発展を遂げたスイスの時計産業でしたが、嫌な知らせが突然舞い込んできます。
1960年代に日本のセイコーで量産されたクオーツ時計が、世界を席巻(せっけん)したのです。
クオーツ時計とは
クオーツ時計は、水晶時計や単なるクオーツと呼ばれることもあります。
機械式腕時計は、ゼンマイバネの力で時を刻むのに対し、クオーツ時計は水晶に電気を流して時を刻みます。
時計の技術革新として「革命」と呼ばれるほどのインパクトを世界中に与えました。
機械式が中心のスイス時計は時代の波に乗ることができず、多くの時計メーカーが倒産や休眠状態に追い込まれてしまいます。
クオーツショックの危機に瀕(ひん)したスイス時計産業。
このピンチを救ったのが、1980年代前半に突如として現れたスウォッチでした。
「スイス」と「ウォッチ(時計)」を合体させたブランド名のもと、斬新なデザインの低価格クオーツ時計を開発していきます。
さまざまなデザインの時計を期間限定で販売することにより、時計を精密機械ではなく、ファッションの一部として販売させます。
この作戦が功を奏し、スウォッチの人気が急上昇。
1990年代に入るとスウォッチは、相次ぐブランド買収を始めます。
ブランドを買収することで、倒産していたオメガを復活させます。
ブレゲ、ジャケ・ドローなどスイスを代表する高級時計を次々に傘下に収め、低価格大量生産から高価格少量生産へと加速するのでした。
世界各国の富裕層は競うようにスイス高級時計を求め、ステータスシンボルの重要なアイテムになります。
こうしてスイスは世界最大の時計輸出国に見事に返り咲きました。
「多すぎる」パテックフィリップアクアノートの部品!
年間生産本数が少ない原因は、パテックフィリップアクアノートの部品点数が多い事も理由の1つです。
コレクションにもよりますが、シンプルな機械式時計の約2〜3倍の部品点数です。
部品点数が多くなる理由を、紐解いていきましょう。
多能なコンプリケーション
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一般的なシンプルな機械式時計は、約130の部品から成り立っています。
パテックフィリップアクアノートの部品点数は、シンプルな機械式時計の2〜3倍の部品点数、約260〜400点です。
簡単な仕組みの機械式i時計は、以下の部品によって構成されています。
- 等速性のある伸縮で時計を動かす「ヒゲゼンマイ」
- ヒゲゼンマイの伸縮により規則正しい往復回転運動を繰り返す「てんぷ」
- 原動力部と連動し、間欠的な往復運動などをつくりだす役目をし、長い歯をもつ「ガンギ車」
- 振動を伝えてガンギ車を動かす「アンクル」
- 中にぜんまいが入っている「香箱車」には、ヒューズを巻くとぜんまいが巻き絞められています。
- それぞれの針を動かす「2番~4番車」
パテックフィリップアクアノートは、そこに日付や、出発地時刻と現地時刻を表す2本の時針を足したりと、一般機械式時計にはないプラスαの機能があるのが特徴です。
プラスαの機能は全て歯車などの機械式機構で動かしています。
機能が増えれば増えるほど部品点数が多くなり、製作時間がかかってしまうため年間生産本数が限られてしまうのです。
「一番部品が多い」キャリバー89
最も複雑な時計として知られるパテックフィリップのキャリバー89は、1728の部品によって作られています。
パテックフィリップのグランドコンプリケーション懐中時計キャリバー89は、全部で32のコンプリケーションで成り立っています。
そのコンプリケーションの多さから「世界で最も複雑な懐中時計」として知られている時計です。
キャリバー89のコンプリケーションは以下の通り。
- 恒星時の時間
- 恒星時の分
- 恒星時の秒
- 第2タイムゾーンの時刻
- 日の入り時刻(ジュネーブ)
- 日の出時刻(ジュネーブ)
- 均時差
- トゥールビヨン
- 永久カレンダー
- 日付(レトログラード表示)
- 西暦年(3ディスク)
- 曜日
- 月
- 閏年サイクル
- 世紀ごとの閏年修正
- 太陽針(季節、分点、至点、黄道12宮)
- 天空星座図(ジュネーブ)
- 月齢ムーンフェイズ
- イースターの日付
- クロノグラフ
- スプリットセコンド・クロノグラフ
- 30分計
- 12時間計
- グランド・ソヌリ・チャイム
- プティット・ソヌリ・チャイム
- ミニッツ・リピーター
- アラーム、ムーブメント・パワーリザーブ
- チャイム・パワーリザーブ
- チャイム停止装置
- リュウズ位置インディケーター
- ツイン・バレル
- 4ウェイ・セッテイング・システム
実際にコンプリケーションを全て並べてみると、その多さに圧倒されます。
一体だれがこのコンプリケーションを扱えるのでしょうか。
このグランコンプリケーション懐中時計は、パテックフィリップ社の150周年を記念して4個だけ製作されています。
2004年にジュネーヴで行われたオークションでは、660万スイスフランという破格値が付けられた。
日本円にして約9億8千万円。
機能とともに価格も破格的です。
パテックフィリップのキャリバー89の紹介動画です。
機能を詰め込みすぎたので、「懐中時計としては大きすぎる」という印象を受けます。
出典:YouTube
「こだわりの極み」パテックフィリップアクアノート
パテックフィリップアクアノートは部品、1点1点にこだわりを持って製作されています。
そのこだわりは、世界最高峰と言われるだけの事はあります。
早速、パテックフィリップアクアノートのこだわりを見ていきましょう。
手仕上げにこだわる
ムーブメントの完璧な作動を妨げる微細なバリや機械加工の跡を取り除く。
互いに接触し合う構成部品の縁を磨き、表面の酸化を防止する。
粗い金属表面に光沢ある魅力的な美しさを与える。
これらのために部品全点、人の手を用いて仕上げています。
手仕上げ工程は、肉眼ではほとんど見えないような微細な部分まで顕微鏡を用いて施されます。
数百年にわたる努力の結晶である技術と知識、そしてきわめて高度な手先の器用さを必要とすることは誰にでも想像出来る事でしょう。
面取り
フランス語で面取りは「anglage」。
構成部品の上面や側面の直角の縁を、45°の角度で削り取る作業の事を言います。
パテックフィリップアクアノートの部品の面取りは、全て手作業で行っています。
しかも、バフ掛けにより艶(つや)を出すほど念入りに。
とても地味に思われる作業の面取りですが、最も高度な手仕上げ方法のひとつで、長い時間と熟練した職人技術が必要なのです。
ポリッシュされた面は均一で滑らかなことが求められます。
縁は平行で幅が一定でなければ、時計はスムーズに動きません。
力を入れすぎると、構成部品は歪んでしまいます。
逆に十分な力を加えないと明確でシャープな縁にはなりません。
ただ部品の縁を削る作業の面取りですが、これだけ難しい作業なのです。
面取りを行う事で、構成部品のフォルムを強調させます。
また組み立てられた時、面取りをしたのと、しないとでは大きさ差。
面取りを行えば、縁は光を反射して縁取りがされたように美しく輝きだします。
バリ取り
ルーペを目に装着し、先端が尖った三角形のスクレーパーという道具を使い、ムーブメントの地板や構成部品から機械加工で残った削りかすをキレイに取り除きます。
しかも、数ミリという小さい部品を、キズを付けないよう1つ1つ丁寧に。
この作業をバリ取りと言い、バリ取りを行わないとバリが輪列などに入り込んでムーブメントを損傷する可能性がある為です。
バリ取りを行って完璧に仕上げられた部品は、ムーブメントのパフォーマンスを向上させてくれます。
歯のポリッシュ仕上げ
歯のポリッシュ仕上げとは、スチール製のカナ歯車、一部のスチール製歯車の歯の摩耗と摩擦を最小限に抑えることを目的として行う作業です。
歯のポリッシュ仕上げを行う事により、輪列の長寿命化が約束されます。
カナ歯車のサイズがとても小さいため、作業はきわめてデリケートで慎重を要する作業です。
歯車をホルダーに取り付け、ブルーの研磨剤を塗布し、歯車が自由に回転できることを確認してから、ブナの木で作られたディスクに別の種類の研磨剤を塗っていきます。
ディスクを徐々に下げいき歯車の歯と歯の間に入れると、1個所に切り欠きの施されたディスクが、ムーブメント内部と同じように歯車を回転させます。
すべての歯を美しく研磨するために。
ホゾの端面のポリッシュ仕上げ
パテックフィリップにおける歯車の手仕上げは全65工程あります。
全65工程ある作業のうち、一番最後の作業がホゾの工程です。
ホゾとは
歯車の芯のことを指します。
カナの一部で、穴石に接触する細い部分を指します。
並品以上の時計では通常保油性能を高めるため、上面に斜めの面取りが施されています。
ホゾは極めて細いため、単独でのポリッシュ仕上げを施すことは出来ません。
何個かの歯車を専用のホルダーに取り付ける事から始まります。
ホルダーを閉じると、ホゾの端面のみがホルダーから顔を出してくれます。
革製のグラインダーでホゾの端面のみを磨く。
双眼顕微鏡を覗き、ホゾの端面が完璧に磨き上げられるか1点1点確認しながら磨く。
ポリッシングを終えたホゾの端面は、滑らかで均一な凸面をしています。
ギヨシェ装飾
手で操作する決めて古風なギヨシェ機械を使い、文字盤、ムーブメント、ケース、ブレスレットに施されています。
ギヨシェ装飾とは
機械による彫金装飾のひとつです。
互いに交差する無数の規則正しいラインから構成される彫金装飾を施します。
ギヨシェ職人は、今も昔もさまざまな種類の手動機械を用いて装飾しています。
新しいモチーフを生み出すために、必要に応じ既存の機械に改造を加え、オリジナルの仕様を生み出すことも。
2つのクランクを同時に回すことによって、切削用のバイトを移動させる。
バイトを移動させることにより、金属素材に幾何学的(きががくてき)で規則正しい微細な溝を施します。
これは、今も変わらぬ基本原理です。
スイスでは、ギヨシェ装飾は、一時期消滅寸前となってしまいました。
なぜなら、昔のギヨシェ機械を操作できる職人は、ごくわずかになってしまったからです。
しかし、1990年代末残された最後の専門職人たちが、この希少な技能を次の世代に託そうと立ち上がりました。
ギヨシェ装飾の生み出す幾何学的な規則正しい直線や、曲線のデリケートな美しさをアピールします。
光の反射を抑え視認性を高めるという技術的に優れた点も合わせてアピールしました。
その結果、ギヨシェ装飾が見直され、急激に需要が高まります。
こうしてギヨシェ装飾はケースはもちろん、ブレスレット、文字盤までに施されるようになります。
さらには、サファイヤクリスタル・バックの出現に伴ってムーブメントにまで用いられるようになり、今日ではなくてはならない装飾です。
残念なことに今日では、ギヨシェ技術を公式に教える学校などは存在しません。
職人から職人へと受け継がれていく技術なのです。
「パテックフィリップアクアノート」年間生産本数が少ない理由とは‼:まとめ
まとめとしまして、
- 年間生産本数が少ない理由は、高級志向のせい?
- 「多すぎる」パテックフィリップアクアノートの部品!
- 「こだわりの極み」パテックフィリップアクアノート
をご紹介してきました。
パテックフィリップアクアノート部品1点1点に、時計職人さんの魂をこめて製作していました。
そのため、パテックフィリップアクアノートの年間生産本数が少ないのですね。
年間生産本数を少なくしてでも品質にこだわる。
このこだわりがあるからこそ、親から子へ、子から孫へと、何世代にも渡って使い続けることが出来るのです。
私たちも時計職人さんに負けないくらいパテックフィリップアクアノートに魂を込めて、使っていかないといけないですね。